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みつわの歴史とその歩み

みつわの歴史とその歩み

「みつわ」の歴史

昭和30年、先代の植木誠一氏がわずか21歳で開業した「みつわ食堂」。その歴史は67年を超え、現在も多くの人々に愛されています。企業理念「至高のお料理で、心と体を満たすひとときを。」のもと、「三つの輪」(お客様、スタッフ、地域社会)を大切にし、「輪で紡ぐ至福のひととき。」をご提供し続けております。

初代誠一氏の奮闘と工夫

誠一氏は、蕎麦、うどん、定食を提供する「みつわ食堂」を切り盛りしていました。蕎麦を茹でる釜は薪を使用し、出前はオートバイで行うなど、創業当初は多くの苦労がありました。手先が器用な誠一氏は、蕎麦打ちだけでなく、小物や物置小屋なども自作し、その技術を活かして店を支えていました。また、ダンスにも長けており、ルンバやチャチャ、マンボなどの華麗なステップで人々を魅了し、商売人としてのエンターテイナー精神を発揮していました。

地元の風景とみつわの役割

塩谷町船生は、山や川に囲まれた自然豊かな場所で、山菜や川魚などの豊かな食材に恵まれています。毎年近くの神社で行われる天王祭では、地域が一丸となってお神輿や神楽の催しが行われ、商売をしている「みつわ」は休憩所として賑わいを見せました。お酒やジュース、かき氷やきゅうりの漬物を振る舞い、地域の人々や子供たちに温かいおもてなしを提供しました。この時期の写真には、左端に大女将の啓子さんの姿も写っています。

新たなる発展と二代目への継承

初代の誠一氏が土地を購入し、「蕎麦割烹みつわ」を大きく築き上げました。お店が大きくなるにあたり、大女将は宴会を行うためと、勉強のために鬼怒川で仕事をしました。

二代目と共に、この伝統と情熱を受け継ぎながら、お客様に蕎麦と割烹料理を提供し、宴会や法要などの幅広い用途で利用される料亭として発展していきました。全てのお客様にご満足いただけるよう、上質な食器や丁寧な接客で、お客様にとって特別なひとときを提供し続けました。

支えてくれた人々への感謝

誠一氏には母、大女将、親戚の方々、地域の方々、多方面から沢山の方々に支えられて現在に至っております。みつわの土台は原点につきます。また、みつわのおもてなしの心を作りはじめて二代目に繋いでくれたのも初代誠一氏です。これからもおもてなしの心を忘れず、一緒に働いてくれる仲間達、お客様、親戚の人達、先代の努力と情熱を大切にしていきます。

「みつわ」の歴史とその歩みは、先代の誠一氏の努力、地域との深い結びつき、そしてお客様への尽きないおもてなしの心によって紡がれています。これからもその伝統を守りつつ、新しい価値を皆さまにご提供してまいります。

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